しばらく見ることのできなかったビクトル・エリセ監督の『ミツバチのささやき』(1985年公開)が、ようやくDVDになる。しかも『エル・スール』と日本未公開短篇をふくむ、BOXである。11月発売だが、予約を受付ているので、さっそく申しこんだ。
アナと姉の寝室の可愛らしいこと。どっしりとした洗面台があり、ホーローの洗面器とマジョリカ焼きとおもわれる水差し。水をそそぐ、ひんやりとした音や、少女たちの、ひそひそ声。彼女たちの父は養蜂家である。
縁かざりのついた白い寝巻き、刺しゅうをほどこしたブランケット、学校へゆくときの灰白(かいはく)のうすいコート、四角い学校かばん、線路、むぎわらいろの大地、ミラグロスという名の家政婦。
シネ・ヴィヴァン六本木で上映する映画はどれも、予告編を見たときから公開日を心待ちにしたものだったが、『ミツバチのささやき』は、指折りかぞえて、というかんじだった。
アナを演じるのは、役柄と同じ名のアナ・トレント。
彼女が無心に演じたと、おとなは云うのかもしれない。姉のイサベルは、無心というより無邪気に、少ししたたかに演じて、たのしそうである。
アナは演じつつ、幻影をこころのなかに棲まわせてしまったのかもしれない。
彼女の次の公開作である『カラスの飼育』は、まだ憂いが深くなったというていどだったけれど、その次にみた『エル・ニド』のときは、もう現実に耐えきれないというようすが、演技の領域を越えていた。ことばを発するときに口もとがゆがむ。なにも云いたくない、というふうに。
あれ以来、アナの演技を見ていない。