
こちらは、國芳描くところの、ふじ屋(浅草)のてぬぐい(部分)。
東海道の宿場が、それぞれダジャレになっている。吉田→おきた、舞坂→だいたか、二川→ふえたか(仔猫がわらわらいるのが、それ)。
またまたNHKハイビジョンの番組の話を。
このほど放送された「幻の色、よみがえる浮世絵」では、國芳の浮世絵再現プロジェクトを取材していた。
現存する浮世絵の色が、退色のはてのものであることは耳にしていたけれど、これほどとは、と驚くばかりのちがいだ。
富山の旧家の蔵からみつかった大量の版木をもとに、そこに残存する絵の具を分析して、刷りあがった当時の浮世絵の色を再現してゆく。
デジタル時代の今、それはCGによって可能になったが、一方で版木から再現するというプロジェクトも進行してゆく。
江戸の職人の、「毛が命」の彫りのワザや、世界最高峰の木版多色刷の色分解のワザが、いかにスゴかったかが、あらためて立証された。
現代の最高水準の職人ならば、かろうじて再現も可能だったが、江戸時代にはこんな達人たちが八百八町の、そこやここの長屋で暮らしていたのだ。
なんて豊かだったのだろうと思うとともに、「手先の器用な日本人」がすでに幻である今という時代の貧しさがかなしい。
それにしても、蛍光をおびたピンクがかった紅絹(もみ)を男の肌にじかに身につけさせるとは、さすがに國芳である。藍染め職人の息子であった國芳は、浮世絵の着物の柄(がら)にはとりわけ凝(こ)る人だった。むろん、刺青(いれずみ)も粋(いき)で鯔背(いなせ)。
そういう「兄い」や、それに惚(ほ)れる女や、そうした男女を描く絵師が、たくさんいた江戸という時代は、ほんとうに成熟していたにちがいない。
文明は開花したけど、人は退化したってこと?