野川は国分寺崖線(こくぶんじがいせん)という崖地にそってながれている。
この崖のことを、地元では「はけ」と呼んでいる。
どうしてそう呼ばれるのかを、くわしく知りたいかたは、
大岡昇平さんの『武蔵野夫人』をお読みいただきたい。
といっても、そこでも、
土地の人はなぜそこが「はけ」と呼ばれるのかを知らない。
と記されているのだが……。
あちらこちらに、「はけ」の石塔や標識がある。
かつての地元の子どもは、
そこに(みなさんも、ご想像どおりの)落書きをした。
今は、そういうくだらない遊びを面白いと思う子どもが
いないらしく、
標識が「はげ」ていることはない。
くじら山遠景。
この画像は、まさに夏草の海を泳ぐくじらの背なかだ。
わたしが子どものころ、
これは地元で二番目に高い山だった。
(はけのことも、山と呼んでいたが、独立していないので、
標高を話題にすることはなかった)
いちばん高いのが、浅間山(これは『野川』のなかではS山として登場)。
くじら山の周辺は、かつてよい遊び場だったが、
今は、子どもより犬のほうが多い。