野川ぞいには、本流とはべつの細いながれがたくさんある。
かつて田圃だったなごりなのだが、
わたしの子どものころでさえ、
そうした田圃では、もう稲作はおこなわれていなかった。
たんに、湿地になっていただけ。
用水路だったところは
タニシのすみかになっていた。
あるいは、
今は見かけなくなったミゾソバという植物が繁茂していた。
わたしは、このミゾソバが好きで、
たびたび標本をつくろうとして、失敗したものだ。
地方によっては、ウシノヒタイと呼ばれる。
ミゾソバを、わたしは「水の傍」と長らく思いこんでいた。
実際は、「溝蕎麦」。
ソバの産地ではないので、ソバの花など見たことがないから、
これが、ソバの花に似た植物だとは思いもしなかった。
川といえば、ハグロトンボ。
でも、子どものころは『野川』でも書いたとおり、
この川は、どぶ川だったので、
トンボなどいなかった。
地元でハグロトンボを見るようになったのは、
おとなになってから。
以前は、蚊だのボウフラだのコバエだの、
そんなものばかり。
武蔵野の雑木林が、人の手によって維持管理されてきたように、
川もまた、人の手で「どぶ」状態から立ち直った。
とはいえ、住宅地をながれる都市河川であることにかわりはない。
しかも、いまだに最上流域はどぶ川だ。
都市化の速度と住民の意識がうまくかみあわないと、
なかなか、自然環境は整わない。
わたしの住む地域と、最上流域の都市化には20年ほどの差がある。
その差が、致命的となっている。