1989年に東京書籍から刊行された
原子朗編『宮澤賢治語彙辞典』の
大幅増補・改定を施した決定版。
このたびは筑摩書房からの刊行である。
勝本みつるさんの作品による装幀だ。
白い小函のなかの緑の樹。
その色の調べは静かでまじめでありながら、
樹のフォルムはまっすぐではなくて、
ふざけたように曲がった表情で、
賢治の持っていたユウモアと世間にたいする斜な身がまえをを
あらわしているように思った。
旧版にくらべ、文字のフォントがいくぶん細い。
1989年からおおよそ四半世紀。
そのあいだに老眼が進んだわたしにとっては、
実は旧版のフォントのほうが読みやすい。
(裸眼で読める)
新版には、ビジュアル資料が追加されている。
植物や風物のすがた・かたちを
確認できる。
賢治の世界に、より正しく近づける。
それは研究者のかたたちの検証の進度により
「銀河鉄道の夜」の原稿が、賢治の思い浮かべた完成形に
近づいてゆくのとおなじ。
誤解や妄想にふける楽しみはちょっと減るかもしれないが、
それはわたしの個人的な問題。
(子どものころに読んだ本の印象には過去にたいする感傷がふくまれるもの)
「群像」10月号で入沢康夫さんが「銀河鉄道の夜」を
めぐっての随筆を書いていらっしゃる。
第三次稿と第四次稿のあいだの変遷をとくに詳しく述べていらして
興味深い。
第三次稿は「ブルカニロ博士」や「セロのような声」など多くの謎が
ふくまれている。
(わたしがこの版に固執するのは、まさにこのふたつのエピソードによって
子ども心をつかまれてしまったため)
未解明の謎のひとつは
賢治が残した「カムパネルラの恋」というメモ。
わたしは十数年まえに天沢退二郎さんに
このメモの写しを見せていただいたことがある。
オドロキとともに、
賢治がこのメモを生かした原稿を書いていなくてよかった、とも
思った。
もちろん子どものころの「嫉妬」が再燃したからだ。
(云うまでもなく、タイタニック号の乗客のあの少女にたいして)
ともあれ、さっそく大増補版をアマゾンで購入し、
手もとにとどいて満足しているところだ。
またまた賢治を読みなおしている。
(というかいつも机上にあるけれど)