竹橋の近代美術館にて
「声ノマ 全身詩人、吉増剛造展」がはじまりました。
これまで、吉増剛造さんの作品に触れる機会のなかった
かたがたの入門としてはもちろん、
吉増さんの詩作を追いかけつづけて半世紀ちかく、というかたにも
あらたに吉増さんを発見する場になるだろうと思います。
ここではわたしの読者のうち、
吉増剛造さん初心者のかたがたに、ご案内をします。
現代詩をあまり読んだことがないかたたちは、
どこからアプローチしてよいのか悩むでしょう。
吉増さんは「少年」を描く人です。
「少年列葬」という詩では
”死を死ぬ黄金の洗面器”と名付けた湖水
古代彗星は崖にきりたち、光はなつ
といったことばをみつけることができます。
わくわくしてきませんか?
また、吉増さんは石を掘る人です。
今回の展示ではは武満徹さんから譲りうけたサヌカイトが展示されています。
古代天文台
古地理図
などのように古代は、吉増さんにとっての絶対的なキーワードです。
『頭脳の塔』という詩集に「魔の一千行 ―-天山断章」という作品があります。
無言の古地理図を発掘して頭脳爆裂する!
古死人と旅人が奪いあう白色の扉!
おなじ詩集の「死の山」では
大墳墓、そそりたつ、死の山、大墳墓
と詩人が連呼しているときに
リリリリリリン、
と唐突な音が響きます。これはのちの『王國』という詩集の
「植物王國 秋成への木霊」で
古代から電話がかかってきた。
と、あることから電話の呼び出し音だったのだと連想できます。
もちろんそう書いてあるわけではなく、
ここは読み手が勝手に妄想してよいのです。ですからわたしの妄想です。
小説とちがい、詩は一行ごとに(一語ごとに)
読んでよいものです。
というより、
ときによって、となりあう行の断裂は途方もなく大きいので、
つづけて読むなど、不可能です。
好きなところを好きなように読んで、
ことばを愉しんでみてください。
『我が詩的自伝』に吉増さんが幼児だったころの戦中の記憶として
空から銀の紙が降ってくる、エピソードがあります。
たくさんの銀紙が空からふってくるのです。
または化石掘りをしていたある日、
カンっとやった途端にぱっとひらいて
一億年くらいまえのウニが何百分の一秒くらい姿をあらわしたことを
語っていらっしゃる
(そのさきがスゴイので、ぜひお読みになってください)
そうしたエピソードだけでも
わたしの読者のかたがたの妄想を掻きたてるのではないかと
思います。
7月12日(火)に池袋のジュンク堂さんにおいて
吉増剛造さんに
長野があれこれお伺いするイベントがあります。
ご興味のあるかたは、ぜひお越しください。
(詳細はジュンク堂さんのHPにてご確認ください)