
桜も見納めですね。
地元の駅前にあたらしく植栽された桜のなかに
〈普賢象〉と〈一葉〉がありました。
どちらも雌蕊の一部が葉化した品種で、
いっぽうはそれを象に見立て
もういっぽうはひとつだけ葉になったと、
呼びあらわしています。
画像は〈一葉〉です。
名前の由来は樋口一葉とは関係なさそうですが、
まっさきに思い浮かべるのはそのひとの名前です。
一葉が戸主として暮らした菊坂は、
わたしの母校の旧所在地でもあります。
校歌にも菊坂の名がはいります。
また現在一葉が眠る廟所は善福寺川のほとりですが
そこはわたしの母校の現所在地の南。
そのように一葉さんと縁がありました。
しかし、
高校生のころのわたしには一葉さんの作品を読むだけの
語学力がありませんでした。
いま、一葉さんが眠る廟所は桜の花盛りなのでしょう。
〈たいへん混雑しています〉と情報が出ていました。
(検索をした日は平日午前だったのに!)
〈一葉〉をズームしてみました。
ばらの花のように豪奢ですね。

桜蔵くんの〈左近の桜〉シリーズ4の原稿が終わり
これから単行本の作業をゆるゆる進めるところです。
サクサクと進行しないのは、
連載期間が長かったため、当初の思惑と妄想とのズレが生じ
あれこれ手直しが必要だからです。
なんとか着地できたのが不思議なくらい。
『群像』にて連載中の〈ゴッホの犬と耳とひまわり〉の
原稿と、
両方をリアルタイムで読んでくださっているかたは、
ときおり、話題がシンクロしていることに気づいていらっしゃるかも。
創作ノートはそれぞれ別なのですが、
資料としてつかう古書などが、しばしば重なるうえ、
妄想の発火点といいますか、要といいますか、
そういうものがおなじであるため、
境界がなくなってしまうのです。
次号など、ゴッホなのに石榴です。
〈左近の桜〉シリーズ4でも語られた蛇のように幹がねじれた
ネジカン石榴の話がまた登場。
桜の品種も数限りなくありますが
実は石榴(おもに食用のほう)も品種が多様です。
この島国では、花を愛でる石榴が主で
実を食べるほうは、ごくわずか。
今回、原稿のために少し「学習」して知ったのですが、
イランやトルコなどの実石榴は酸味の主成分がクエン酸であるのにたいし
国産の石榴の実はシュウ酸が主であるそうです。
シュウ酸ときくと、
ほうれん草などの「えぐみ」を思いだしますし、
摂取量に気をつかう成分でもありますので、
食用としての石榴はEUのお墨付きの製品を
選ぶべきなのだな、というのも学びました。
われわれの国では、シュウ酸を数値化せずに
「えぐみ」と云ってしまうのが問題なのですね。
デジタル脳になっていない、という事実は
こんなところにも!
ただいま今月通販の
《航海案内書》の新作を製作中です。
いつもどおり月末ぎりぎりのご案内となってしまいますが、
惑星間航路を航行する郵便船の乗員Thrushu-Kohの
「想い出」をお愉しみください。