大学生だったころ、
――もう四十年もまえになります
真冬は割安な周遊切符が発売されたので、
それを利用して冬の京都へ出かけました。
いまとちがい、
真冬の京都は、観光客もまばらでした。
ある朝、街の気配が妙に静かなので
ホテルの窓から外をのぞきましたら、
一面の雪景色。
その日は、銀閣寺へ行くつもりでした。
同行の友人と予定どおり出発、
開門とともに苑のなかへ。
一番乗り。
だれの足跡もない雪を踏みつつ、
真っ白な景色を愉しみました。
庭を歩きまわるあいだにも、
われらのほかだれひとり訪れるひともなく、
真新しい雪をかぶった銀閣の景色を
こころゆくまで堪能。
その後は、もともとやはり予定のあった大原へ。
いまはどうなのかわかりませんが、
当時、大原には炬燵のある「お宿兼、お食事処」というのが
何軒もあり
そこで昼膳をいただく、というのが目的でした。
大原へむかうバスの乗客はわれわれだけ。
雪はまだちらほらと降って、
大原に近づくほど積雪も多くなりました。
着いてみますと、
膝まであるかと思うほどの積雪。
足もとは防寒ブーツなので大丈夫。
がんばって、雪をかきわけつつ歩き、
目的のお食事処へ。
「まあまあ、こんな雪のなかを」と迎えられ、
(東京語で聞きとってしまっております)
雪見障子のすぐそばの炬燵にもぐりこみました。
硝子ごしの雪景色をながめつつ、炬燵で昼膳。
満足して、くつろいでおりましたら、
またもや雪が降りだし、
お店のかたに、バスがあるうちに市内へもどったほうがよいと
すすめられ、バス停へ急ぎました。
もうあたりは深い雪。
ほんとうにバスは来るのか?と不安になりました。
「バスがこなかったら遭難だよね」と云いながら
待っておりましたら、幸いバスがやってきました。
バスの運転手さんには
こんな雪のなかを観光?と呆れられましたが、
無事に市内へもどりました。
おなじ日かどうか、もう忘れましたが、
かさぎ屋さんへも行きました。
わたしどもが学生のころは
夢二さんが好んだのは
「御膳志るこ」と伝わっておりましたので
当然それをいただきました。
近ごろは
「夢二が好んだのは、しるこセーキ」と紹介している
京都案内もあります。
しるこセーキを好んだのは夢二さんの恋人の
彦乃さんです(とわれわれは認識)
彼女は、遠い昔われらの学校の生徒でもあった人です。
そのころの学舎は本郷菊坂にありました。
わたくしどもの時代は、杉並の和田堀です。
いかにも湿地に建てられた、という感じのじめじめ具合。
さて、そんな昔話をしましたのは、
京都の旅すら、うかうかできないこのご時世に
せめて空想旅をたのしんでもらえれば、と
こしらえました今月の鉱石俱楽部の
鉱石セットをご案内するためです。
さまざまな旅の破片(かけ)を集めました。
破片と書いて「かけ」と読ませるのは漱石さんの用字の真似。
『夢十夜』のなかにあります。
このたび、『長野まゆみの偏愛耽美作品集』を
中公文庫より刊行いたしますが、
『夢十夜』もセレクトしております。
漱石さんは耽美派の作家ではありませんが、
浪漫という「当て字」をつくり、
ビクトリア朝時代の英国へ留学していたかたですから、
ウツクシキものを愛でる眼をお持ちの文豪、というわけで
ご登場願いました。
そのほか、長野の独自解釈による耽美派のかたがたの
お名前が目次にならびます。
選集ですので長編はふくまれません。
よって、耽美派王道の作品でも編めなかったものがあります。
それでも、
短め作品のなかから、選りすぐりのウツクシキものたちを
ならべました。
耽っていただけましたら、幸いです。