朝も夕も、天色が鮮やかな季節となりました。
冬にかけて、
明け時も、日暮れるころも、
禍々しいとさえ思える景色を
天に見ることがあります。
(撮影MKさん)
10月26日(土)は
日本近代文学館にて「声のライブラリー」の収録をいたしました。
(いずれ有料配信される予定です)
詩人のそらしといろさんをお迎えして朗読と対話をおこないました。
そらしさんは詩集『フラット』や『暁を踏み割ってゆく』より、
長野は『野川』の第三章「日食」の部分を朗読しました。
対話のテーマは「景色はどこにあるのか」といったことでしたので、
『野川』の登場人物である国語教師の河井が
実際に自分の目で見ていなくても
「記憶に残る風景はある」と説く場面を選んだのです。
近ごろは、映像をともなう情報が身のまわりにあふれ
「自分の目で見る」ことや、
それを「個人的に画像として保存する」ことへの欲求も
かつてないほど拡大しています。
ところで、
記憶のなかには、夢で見たり、
ことばから想像したりする景色も混入しています。
しかも、いずれの景色も脳内で変容してゆきます。
(劣化するとも云えますね)
わたしは脳内でなにが起こっているのかは
さっぱりわかりませんが、
夢か記憶かのさまざまな景色をもとに
なにかしらの世界をつくってきた者としては、
そのもととなる材料は多いほうがよいとしても
すべてを「自分の目で見なくてもよい」と思うのです。
でもおそらく、記憶を呼びだすためには運動が必要で、
景色を見るために歩くことは、
伝聞に勝るのだと云うひともいるでしょう。
今月の耳猫風信社では
「少年電氣食堂」の新作をご案内する予定です。
初冬の旅です。
(トップ画像では内容をぼかしています)
お愉しみに。