
こういった、お子さまふうのご飯も好き。炒り玉子は、卵1個ぶんでつくるけれど、いちどには食べない。半分のこす。
卵も値あがりで、市販の洋菓子も、小さくなったり、高くなったり。マヨネーズはムーミン柄の壜がほしい、というときしか買わないので(それも中身をつかいはたすのに、非常に苦労しつつ)、値あがりもたいして影響はないけれど、このさき、さらにあれこれ値あがりすると聞けば、食料難ということばが、あたまをよぎる。
「文藝」秋号が、まもなく発売となる。そこに掲載した『お菓子手帖』は、自筆年譜と称する小説で、お菓子を切り口にした、お菓子中心の小説となっている(自伝ではない)。何歳のときに、どんなお菓子が好きだったか、というような回想をまじえつつ(でも、小説)。
わたしの子ども時代は、そうやたらにケーキやクッキーなど食べなかった。しし座生まれにとっては、冷房のない時代にデコレーションケーキで誕生祝いという気分にもなれず、ケーキの出番はクリスマスと、訪問客の手みやげのみ。来客が、ひんぱんだったわけでもないから、それも一年のあいだに数えるほど。
それでも、おとなになれば脂肪はつくのだから、今どきの子どもは、まわりのおとながよほど気をつけないと、いけない。